この投稿は、『〜脳卒中・脊髄損傷特化型自費リハビリ施設〜脳と脊髄リハビリ研究センター福岡』が日々脳卒中(脳梗塞・脳出血)や脊髄損傷、脳性麻痺といった神経疾患後遺症のリハビリテーションに従事する医療従事者の方や、当事者の皆様に向けて発信するエビデンス情報です。
本日は、脳卒中後手指の痙縮を緩和するための方法として今年(2023年)発表された論文をご紹介していきたいと思います。 紹介する
手指の痙縮に最も効果的な振動刺激の実施方法
はじめに
今回ご紹介する論文はこちらです。
この研究のポイントをざっくりまとめると
この研究は、脳卒中後患者様における痙縮(筋肉の痙縮や硬直)を減少させるために振動刺激療法の効果を評価することを目的としています。
研究では、痙縮が生じている筋肉(以下:主動作筋)、拮抗筋、皮膚という3つの領域に振動刺激を実施し、どれが痙縮を最も減少させるかを調べました。
どんな人が対象でどうやって評価したの?
この研究で対象となったのは、発症から6ヶ月以上経過している慢性期脳卒中後遺症の患者様14名(平均年齢60歳)が対象となっています。
また今回『痙縮』といっても、対象となっているのは手指のみです。
指がギューっと硬くなってしまう方に対して上記3つの領域に振動刺激を行うとどれくらいこれが緩和するだろうかというのを追っています。
痙縮の評価として使われたのは2つで、Modified Ashworth Scale(MAS)とModified Tardieu Scale(MTS)となっており、2つの評価をもうすごく簡単に一言で説明すると、MASは筋肉の抵抗感で痙縮の程度を評価し、MTSは筋肉の反射で痙縮の程度を評価します。
皮膚への振動刺激ってどういうこと?
今回ターゲットとなった振動刺激の領域をもう少し詳しく説明します。
①主動作筋
浅指屈筋
②拮抗筋
総指伸筋
③皮膚
指先への皮膚刺激
おそらくこの3つの中で一番ピンとこないのが指先への皮膚刺激ではないかと思います。
これまで振動刺激といえば筋肉を対象とした研究が多かったのですが、この研究では振動を用いて指先への皮膚刺激を行うことで、手指の痙縮が改善するかどうかを検討しています。
ちなみに、指先へ当てることで痙縮が改善されるのではないかという仮説の根拠として以下のように述べられています。
(1)指先には、振動刺激に最も反応する機械受容器が密集している(Johansson and Vallbo, 1979)。(2)指先は上肢の中で筋肉から最も隔離された部位の一つであり、振動刺激が筋肉ではなく皮膚に集中するように設計されている。(3)他の研究から、指先や手のひら皮膚入力は、前腕屈筋の反射抑制を生じさせるだけでなく(Nielsen and Pierrot-Deseilligny、1991)、伸筋の共活性化を促進する可能性があることが示唆されている(Kim et al., 2013)。
(3)がイマイチわからないので、もう少し分かりやすく解説すると…
ざっくりまとめると、皮膚刺激が手の動き(痙縮)にどのような影響を与えるかについてをここでは説明しています。
具体的には、指先や手のひらに振動刺激を与えることで、前腕の屈筋(手を曲げる筋肉)に反射的な抑制効果をもたらすという研究結果です。(Nielsen and Pierrot-Deseilligny、1991)
つまり、この刺激によって痙縮が生じている屈筋がリラックスし、手を開く動作がしやすくなる可能性があるということです。
もう一つ、この刺激は伸筋(手を伸ばす筋肉)の活動を促進するかもしれないとされています。(Kim et al., 2013)
要するに、指先や手のひらに振動などの皮膚刺激を与えることで、手指を曲げる筋肉の過剰な緊張を和らげ、手指を伸ばす筋肉の働きを助けることができるということです。
これにより、手指の機能を改善する効果が期待されるわけです。
振動刺激の設定は?
筋肉(主動作筋&拮抗筋)に対して用いられた周波数は70~90Hzでした。
これは過去の先行研究をもとに設定されたようです。(Siggelkowら、1999;Rosenkranz and Rothwell、2003;Steyversら、2003;Forner-Corderoら、2008;Marconiら、2008;Binderら、2009;Cordoら、2009、2013)
指先の皮膚に用いられた周波数は250Hzでした。(すごく高いですね)
触覚受容器は150~250 Hzの振動に最も反応し、特にパチニ小体が250Hz周辺で特に反応するためこの設定になったようです。
振動刺激の実施手順
- 実験の準備:
- まず、実験に参加するために当事者の方は研究を行う部屋に行く。
- セラピストが当事者を迎え、研究の流れについて説明する。
- 振動刺激の条件(どのような刺激を受けるか)がランダムに決められる。
- 実験の各訪問での手順:
- 到着後のリラックス:実験室に着いたら10分間リラックスして過ごす。本を読んだりビデオを見たりしてOK。
- 初期の測定(τ0): リラックスした後、セラピストが当事者の痙縮の程度を測定する。
- 刺激の開始:セラピストが刺激装置を当事者の手に装着。この装置は20分間つけたままにする。
- 刺激中の測定(τ1): 刺激が終わる2分前に、セラピストが再び痙縮の状態を測定する。
- 刺激の終了と休憩:刺激が終わったら装置を外して15分間休憩する。
- 刺激後の測定(τ2): 休憩後、セラピストがもう一度痙縮の状態を測定する。
- 握力運動:測定の後、当事者の方は腕を伸ばして力いっぱい握る運動を3回行う。
- 運動後の測定(τ3): 握力運動をした直後に、最後の痙縮の測定が行われる。
要するに、痙縮の測定は開始前、振動刺激中、振動刺激終了後、握力運動後という4回にわたって実施されました。
結果発表
それでは、以上を踏まえた上で結果を見ていきましょう。 まず、結果を一覧で示した図がこちらです。
ポンと示されただけでは何が何だか分からないと思いますので、以下にこの図を理解するために必要な情報を共有します。
青と赤のグラフの違い
青のグラフはModified Ashworth Scale(MAS)の評価結果を、赤のグラフはModified Tardieu Scale(MTS)の評価結果を示しています。
図に示されている各バーは、評価開始時点からの平均差を示しています。このため、マイナス(下向き)の数値は痙縮の減少を示しています。
それぞれ4本のグラフの違い
- Agonist muscle stimulation:主動作筋
- Antagonist muscle stimulation:拮抗筋
- Finger cutaneous stimulation:手指への皮膚刺激
- Control:振動刺激なし
各バーの色分けの違い
色分けの違いについてはその違いを以下に示します。
- 濃い色(濃い青や赤):振動刺激中の痙縮の程度(τ1)
- 中間の色(中間の青や赤):休息後の痙縮の程度(τ2)
- 淡い色(淡い青や赤):握力運動後の痙縮の程度(τ3)
以上が前提情報となります。 これを踏まえた上で結果を見ていきますが結論…
手指への皮膚刺激が圧倒的に痙縮の緩和効果が高かった
というのが今回の研究で明らかになりました。
グラフを見ていただければ一目瞭然ですが、実は主動作筋と拮抗筋も痙縮の減少には繋がっているものの、案外その差というものはありませんでした。
しかし、手指への皮膚刺激に関しては2つを圧倒的に置き去りにするほど効果を示していることがわかります。
つまり手指の痙縮を緩和したい場合、前腕の主動作筋や拮抗筋に対して実施するよりも手指へ振動刺激を行う方が好ましいかもしれません。
というわけで本日お話ししたかった内容は以上となります。
この知見を、ぜひ日々の脳卒中リハビリテーションに活かしていただけると幸いです。
なお、振動刺激の周波数が知りたい場合は以下の記事をご覧ください。
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