この投稿は、『〜脳卒中・脊髄損傷特化型自費リハビリ施設〜脳と脊髄リハビリ研究センター福岡』が日々脳卒中(脳梗塞・脳出血)や脊髄損傷、脳性麻痺といった神経疾患後遺症のリハビリテーションに従事する医療従事者の方や、当事者の皆様に向けて発信するエビデンス情報です。ぜひ、明日からの臨床にお役立てください。
脳卒中後のリハビリテーションにおいて、「量を増やすべきか」それとも「質を高めていくべきか」この議論は後を断ちません。
実際執筆者である私自身もこれまでの理学療法士人生の中でこのテーマについてはいくとどなく考えてきました。
そうした試行錯誤の末、いま現在私の中では「脳卒中リハにおいて、質も重要だがそれよりも量を優先すべきである」というのが一つの答えです。
私も新人の頃は、一回の質をものすごく重要視していた時代があり、「代償動作を絶対に出さないように…」「過剰に力が入らないように…」こうしたことにある種心血注いでいました。
しかし、長く脳卒中リハビリテーションに従事していく中でそういった代償動作や過剰な運動も、繰り返しの運動によるパフォーマンスの上達によって徐々に円滑化されていくという現象に何度も出会いました。
そのため、今は「質を求めるのは量が担保できた後でも大丈夫」というのが私の考えです。
とはいえ、ここまでは私の感想になってしまうので今回は一つ量の担保によって脳卒中後のパフォーマンスがどれくらい改善するのか、それを示した知見を一つご紹介したいと思います。
【脳卒中リハビリ】歩行の改善において最も重要なのは『量』を増やすことである
はじめに
今回ご紹介する論文はこちらです。
この論文は、脳卒中後の患者に対する入院中のリハビリテーションにおいて、歩行訓練の量と強度(歩数)を増やすことが、歩行能力(locomotor)とそれ以外の身体能力(non-locomotor)の改善に役立つかどうかを検証したものです。
方法
この研究では、異なる期間でリハビリテーションの効果を比較しています。
まず、通常のリハビリ期間には131人の患者様が含まれ、これは研究開始前のリハビリテーション方法に基づいています。
次に、高強度訓練(HIT)を導入しようとする18ヶ月の移行期間があり、この期間中には317人の患者様が参加しました。
この移行期間で研究者たちはHITの実施を試み、その結果を評価しています。
最後に、HITが正式に導入された後の12ヶ月間、208人の患者が参加しました。
この期間では、HITの影響が直接測定されています。 それぞれの期間で歩行訓練とその他パフォーマンス(歩行能力やその他の身体能力)の変化を比較し、HITがこれらの結果にどのような影響を与えるかを評価しています。
つまり、この研究は時間とともに治療法を変化させていき(通常のリハビリからHITへの移行)、その変化が患者様の歩行能力やその他パフォーマンス結果にどのように影響するかを観察したのです。
結果
それでは、結果を見ていきましょう。
改めて、この研究では脳卒中後のリハビリテーションにおいて3つの異なる期間(通常のリハビリ期間、移行期間、HIT導入後)を比較しています。 各期間開始時の患者様の状態(スコア)は、バランス能力を除いてほぼ同じでした。
これは、各期間における患者様の身体能力が公平であることを示しています。
歩行強度を高めるリハビリのメリット①歩数
移行期間または通常のリハビリ期間に比べて、HIT期間では歩行訓練を優先し、より高い強度(主に歩数)で訓練を行う試みが増えました。
その結果、訓練時のみではなく通常の生活においても1日あたりの歩数が増加しました。
これは、歩数を増やすリハビリというのが脳卒中患者様において奨励できることを示しています。
歩行強度を高めるリハビリのメリット②歩行能力全般の向上
さらに、HIT期間中には、10メートル歩行の速度や6分間歩行の距離などその他歩行能力に関連する検査測定項目の改善も見られました。
これらは、HITが全体的な歩行能力を向上させる効果があることを示しています。
歩行強度を高めるリハビリのメリット③段差昇降能力の向上
最後、HIT期間中にもう一つ伸びた能力がありました。
それは、階段の登り降りの早さです。 これは、一見歩行能力とは無関係に見えますが、歩数を増やすトレーニングを繰り返し行うだけでこうした部分にも改善が見られることがわかりました。
この研究の結果から、高強度訓練(HIT)を用いて歩行の訓練を優先し、その強度(量)を高めることで患者様の歩行能力だけでなく、非歩行能力も向上すると結論付けられました。
これは、脳卒中後のリハビリテーションにおいて、HITが有効な手法である可能性を示しています。
臨床的解釈
今回の結果だけ見ると、「歩けないからとりあえず沢山歩かせる」と一見ミスリードとなりそうな内容かもしれませんが、決してそういう意図はありません。
もちろん、歩くために最低限必要な能力(立ち上がれる、立ち続けられる等)というのはあって、これらの獲得というのが先に来るというのは言うまでもありません。
重要なことは、人が運動を獲得するにあたって「たった数回のチャレンジで果たしてその動きが自働化されるに至るのか?」という問いです。
自転車に乗れるようになった時、新しく始めたスポーツで滑らかにその動きが再現できるようになった時、その運動の獲得はたった数回の練習でできるようになったでしょうか?
おそらく答えは「否」だと思います。
動きの“質”をあれこれ考える前に、まずはガムシャラにtry&errorを繰り返したはずです。
そして、一定数再現性高くかついちいち考えなくても体が動くようになった段階でようやく、動きの質をさらに探求したのではないでしょうか?
脳卒中後において、再び体の使い方を覚え直すのもこのプロセスであると私は考えています。
だからこそ、「質をあえて後回しにしてでも量をしっかり増やしていく」というのが脳卒中リハビリテーションにおいては非常に重要であると考えています。
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参考文献
Increasing the Amount and Intensity of Stepping Training During Inpatient Stroke Rehabilitation Improves Locomotor and Non-Locomotor Outcomes.Christopher E,2022